FC2ブログ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| スポンサー広告 | | |
名古屋開府400年祭 大山車祭り ナンバー2
昨日終了しました!
今一度、趣旨を!
そして皆さん伝統文化をしってくださいね!

明治43年(1910)4月12日。「名古屋開府300年紀年祭」行事の一つとして、市中の「山車奉曳(だしほうえい)」が行われました。

東照宮祭の山車九輛を中心に十八輛もの車楽(だんじり)や山車が参加したことは前代未聞のことであり、その奉曳当日の荘厳さたるや、現在にまで語り継がれているほどです。
尾張名古屋では後にも先にもこれ以上の山車奉曳行事は行われておりません。
100年前に行われたこの名古屋開府300年祭こそが、今回の名古屋開府400年祭「大山車(だいだし)まつり」の礎となっています。

残念な事に先の太平洋戦争によって、東照宮をはじめ名古屋中心部にあった山車の大半は焼失しましたが、昭和30年から始まった「名古屋まつり」には東・中・中村の各区から九輛の山車が参加し、市の行事に華を添えております。

平成20年3月、名古屋市指定文化財山車連絡協議会が音頭をとり、「名古屋まつり」に参加する保存会・奉賛会の若手による情報交換会『名古屋曳絆会』(なごやひきずなかい)が発足し、先の開府300年祭に倣い、来るべき開府400年祭の「山車奉曳」実現に向け、実施内容について検討に入りました。
ここで特に申し上げたい事は、名古屋開府400年祭「大山車まつり」は、行政主導ではなく、名古屋曳絆会のメンバーが中心となって議論を重ねて作り上げた、現場主導の奉曳計画であるという事です。
名古屋曳絆会は、「本式の山車祭り」、とりわけ今は無き東照宮祭の山車曳行に念頭をおき、実施計画を進めてきました。

名古屋の山車祭りは、山車の形・お囃子・曳廻しや方向転換の方法・参加する人々の衣装等々、全てこの東照宮祭に倣って歴史を重ねてきているのです。
それを踏まえて出来上がった計画の概要は、名古屋の総鎮守である若宮八幡社へ集合し参拝、その後名古屋本来のメインストリートである本町通を曳行(北進)し、東照宮へ参拝。夕刻には丸の内2丁目付近で提灯点灯をして那古野神社へ参拝。最後に名古屋城正門前で勢揃いし、千秋楽手締めを行うというものです。

この計画案は、九輛の各団体より承認され、名古屋市指定文化財山車連絡協議会総会で九輛以外の団体へ告知され、緑区有松から布袋車・唐子車・神功皇后車、鳴海から相原町唐子車、計四輛からの賛同を得ました。従って、名古屋開府400年祭「大山車まつり」には合計十三輛が参加することとなり、日程も「名古屋まつり山車揃え」の前日となる10月16日(土)に決定しました。

名古屋の山車文化は幾多の時代を乗り越え先人たちによって伝えられてきました。この名古屋開府400年祭「大山車(だいだし)まつり」を大成功させ、次代を担う人々に繋げる事がこの「大山車(だいだし)まつり」を行う最大の目的であります。

大山車祭りhttp//dai.dashimatsuri.net/
101016_083712.jpg

因みに、今日の中日新聞朝刊の一面に写っています。
名古屋城入城


スポンサーサイト
| 未分類 | comments(2) | trackbacks(0) |
Comment
どうもお疲れさまでした。
先週は朝から晩まで大変でしたね(^_^;)
でも、とてもいい疲れで楽しかったです^^
私は西の揖方の有薗といいます。
祭のサイトを見てたらここを見つけてしまい
カキコさせていただきました。
これからも宜しくお願いします!

ちなみに僕もその昔バスケやってました~~^^


有薗さんへ
<返信遅れました。
 書き込みありがとうございました。天満社、名古屋大山車祭りとおつかれさまでした。この大祭に従事できた事をとても誇りにおもいます。そして後世にかたりつなぐことの重要性を痛感するお祭りでした。
またお祭りで見かけたら声をかけてください。
今後ともよろしくお願いいたします。
Write comment




(編集・削除用)

Trackback url

Trackback
« Next  « Home »  Prev »

↑Back to Top

PROFILE

はらだこーち

年なんて関係ねー(爆)
バスケットボールが好きです!一応、JBA公認コーチです。そして日本体育協会公認スポーツ指導者でもあります!
さあ
勇気!元気!負けない自分に!
ん?・・・・どこかで聞いたぞ(爆)

TRACKBACK
SHOPPING
NEW
ARCHIVE
OTHER
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。